花名刺 〜大戦時代捏造噺

              *BL的な描写の多いお話です。
               お嫌いな方は自己判断でお避け下さい。
  



 その懐ろに無理から引き入れられ。こちらの背中を覆ってまだ余るほどもの、雄々しくも大きな躯でおいでなことを思い知る。自分よりも上背がおありなことは判っていたはずなのに、ここまでの差があるとは思いも拠らず。

 「…っ。」

 肩幅もあっての、堅い腕、堅い胸。もがいてもあっさりと押さえ込み、抵抗を難無く封じてしまえるその膂力に。ああそうだ、この方だって軍人だものと、それをまざまざと思い出す。声を荒げることもなく、何かが可笑しいと感じても くつくつと喉の奥を震わせるしかしない。日頃はそんな物静かな方ではあるけれど、そういう態度しか知らぬ自分ではない筈だったのに。戦さ場での鋭い眼差しも毅然とした横顔も。穹を翔け、大太刀振るって斬り込まれる勇姿も。そしてその腕が大型機巧を瞬断されていた手際だって、さんざん眸にしていたはずなのに。

 ―― それも、寄り添うほど ずんと間近で。

 同じ空間に同座しているどころじゃあない、掴みかかられたそのまま密着しているその御身。どんな場合もこうまで意識したことはなかった。こんな形で触れられたのだって…こんな風に力強く抱きすくめられたのだって、今が初めてじゃあないのに。どうしてだろか、総身が震えて慄きが走る。
「…。」
 大きくて持ち重りのする手が片方、胸元からみぞおちへ ざっと降りてゆき。ベルトの縁へと入り込んだインナーの裾を引っ張り出すのへと。ともすれば反射、咄嗟にもがいたところが、

 「あ…っ。」

 ただくるみ込んでいただけだったその双腕が、それは鮮やかに反応し、こちらの腕を背後へとからげ上げ、羽交い締めにしている手際のよさよ。仕上げに ぎりと軽く力を込めて絞めたのは、抵抗すればどうなるかを知らしめる代わり。まるで虜囚のような扱いに、ああだから怖いのだと理解した。

 ―― 怖い、恐ろしい

 この人へそんな感覚を持ったなんて初めてではなかったか? 老練な軍師であることへも。刀ばたらきの鮮やかさや果断な行動力も。恭順を捧げるに相応しい御方だと、畏れ多いと思うことは幾度もあった。でも、声さえ上げられぬほど恐ろしいと思ったのは今が初めてだ。

 ―― だって、いつもいつもその背で護られていたから。

 明かりのない部屋。背後においでで見えないお顔。何の感情も発っしてはおられぬ静かな気配。それだけか? 何も仰せにならぬことが怖いのか? 怒鳴られた方がまだましだ、剣呑な眼差しで睨まれた方がまだ。
「…。」
 肩や背の強ばりが、抵抗するための力の入れようではないと悟られたのか、ややほど腕の力を緩めてくださり、それにほっと安堵する間もなく、
「…っ。」
 ぐんと突き飛ばされ、そのまま雪崩込むように倒れ込んだのが、ほんのついさっきまで、この手で整えていた寝台の上だ。探しものがありますので先に休んで下さいませと、お休みになられたところを騒がすのも何だし、執務室のソファーへ毛布を持ってこうとしたところが。そのような気配もないままの御主から、不意に…しかも力づくにて搦め捕られてしまった七郎次であり。


 「…勘兵衛様。」


 闇の中でも彼だと判るほど馴染んだ匂いのする、こちらの頬へまでこぼれている長い蓬髪の御主。背後から押しかぶさったままな気配へと名を呼ぶが、やはりお声は返らぬまま。少し乾いたあの響き、随分と遠くなったような気がして、それが哀しい青年だった。




  ◇◇◇



 どうしてこのような運びになったやら。その原因も切っ掛けも、七郎次にはさっぱりと判らない。今日も出撃の予定は入っておらず、よって、朝からずっと、執務室に二人で籠もっての、単調な事務処理を黙々とこなしていた。先の戦さから結構な日が空いており、報告のための書類作成もほぼ片付いていて。殊に、最終決裁を下すための“補佐”までが手をつけてもいい限度である七郎次は、先に手持ち無沙汰になってもいたせいか、ふと思い出したことがあっての、気もそぞろな間合いが多かったほど。それだけ安穏安泰な一日だった筈だのに。書類の整理も何とか済ませ、食事を取って、さて。お休みになられる仮眠室の用意を手掛けつつ、

 『私、探しものがありますので先に休んで下さいませ』

 ながらでのお声かけは、礼儀を考えれば不謹慎ではあったれど。そのような細かいことを取り上げられる御主でなし。むしろ型に嵌まった態度を取れば“何を怒っておるのか”と問われるくらい。大きめの寝台と向かい合い、シーツをピンと張り、枕カバーをサラサラの乾いたのへ取り替え終えて、さあと執務室へ戻りかけたところが、戸口を塞いで立っておられた勘兵衛様に気がついて。
『…勘兵衛様?』
 何か御用でしょうかと続けかけた声を遮るように。手慣れた様子であっさりと、こちらの肩先を軽く掌打で突いて。こちらの躯を反転させ、あっと言う間に羽交い締めにし、手のうちの虜となさっておられた御主であり。

 「勘兵衛様?」

 声も気色も、何も伝わっては来ないのが恐ろしい。少なくともこの自分へは、どんな粗相をしでかそうと、さして怒らず、穏やかに苦笑なさるのばかりを見て来たけれど。戦さ場におかれても、緩急つけての絶妙柔軟でありながら、さして熱くはならぬままのそれは淡々と。それが一番効率的だからということか、あくまでも事務的に刃を振るう御方なので。

  ―― 怒を吐いて烈となられることは、そうそう無いのだなと

 その懐ろの尋深さから来る冷静さで総身が満たされておいでなのだろうと、勝手に決めつけていた七郎次であったということか。

 「…これは何だ。」

 低いお声がし、何とか肩越しに背後を振り返れば。ご自身のお顔の間近へとかざされたものが見えた。淡彩の愛らしい小花が四隅に描かれた小さなカードで、中央には小さな仮名の崩し字で女性の名前が書かれた、言わば名刺だ。そして、
「あ…。」
 それをこそ探そうとしていた身、どうしてそれをと訊きかかる七郎次だったが、
「…つっ。」
 腕をひしがれての痛みに眉根が寄る。訊いているのはこちらだとの仰せへ、

 「…先日、良親殿に北見の陣まで連れて行っていただいて。その折に茶店で、」

 備品の買い出しという名目の下での外出だったのに、良親殿の馴染みの太夫との待ち合わせに付き合わされた。店で一番の売れっ子太夫だ、いくら勝手の判っている街の中であれ、一人での出歩きは厳禁とされ。監視というのか枷代わりというのか、部屋子の童女がいつも御付きについてくるとかで。その子からもらったのがその名刺。さして印象さえ記憶に残らぬ大人しげな娘で、何をか語った訳でなし。とはいえ、貰ったものを失くすというのも失礼かと、無いと気づいたその途端に気になって、手が空いたこともあり、探しておかねばと思ったまで。
「どこへやったかと案じておりました。」
 ただそれだけだというのに。

 「…つうっ。」

 ぎしっと、自身の腕への鈍い音を感じ、心得があればこそ、手加減なしで絞め上げられていると判って…ゾッとする。下手にもがけば肩が外れる、そのくらいのきっちりと押さえ込まれており。自力だけでは到底抜け出すことは不可能で。だが、

 “ど、して…。”

 何故、こうまでの仕打ちをなさるのかが、一向に判らない。軍人が不用心にも女名前の名刺なぞ、持ち歩いていたのがいけなかったか。しかも迂闊に失くすよな、管理の至らなさを怒っておいでか。何の罰を下されるものかと身を堅くして、押さえ込まれたそのままでいたところが。

 「あ…。」

 先程の続きか、襟の詰まったセーターの下、インナーとして身につけていたシャツを乱暴に掴まれる。あっさりと引き上げられての肌がさらされ、
「…っ!」
 それなりの鍛練で堅さを増しつつあっても、まだまだやわらかなところは多々あって。脾腹のまだやわらかで瑞々しいところへと、無造作に延ばされ、触れた手の熱さに、過敏なくらい総身が震える。もはや知らない感触じゃあない筈なのに、幾度も愛でていただいた、同じ手、同じ熱さであるはずなのに。どうしてだろか、今宵はひどく感じやすくなっていて。

 「あ…っ。」

 その手がじわりと動いたのに合わせ、ついのこととて口を衝いて出ていた自身の声の、そのあまりの高さと甘さに自分でも驚き、それと同時、強い羞恥を感じて唇を強く咬みしめる。

 ―― 一体、いつから ////////

 そも、そんなところをいじられようが触られようが、何とも感じはしなかったはずなのに。昔はというだけじゃあない、今だって。何かの拍子にぶつかったり、支えてもらったりという格好で、服の上から同じように触れられても何とも無いままだのに。どうしてだろか、これが“手管”というものだろか。

 「…っ。//////////」

 総身が凍るほど恐れ慄いていた今でさえ、伏せられた手の温みの感触が、そのまま肌に焼きつき、肉に染み、血を沸かす。食まれているのだと意識した途端に、身の裡
(ウチ)から甘い熱が湧き出している。少しずつ過敏になってゆく体、少しずつ熱くなってく感覚。最初に情をかけていただいてからさえ、まだそんなに日も経ってはないというのに。肌をまさぐられるだけで こうもあっさり熱くなる自分を、なんて淫らな人性をしているものかと恥じ入りたくなる。せめて声だけは上げまいと、必死で唇を噛みしめるのだが、

 「…っ! ////////」

 うなじに束ねた髪を解かれ、もぐりこむ鼻先、吐息の気配をそこへと感じると。いつの間にか解放されていた白い手で、しゃにむに寝具を掴みしめるのだが。そんな抵抗も空しいこと、切れ切れの声があふれてしまい。唇を濡らす吐息の熱や、喉を震わす蜜声の響きが、ますますのこと、喜悦に不慣れな年若い情人を高みへ高みへ追い上げる。

 「や…。あ…ぁ、んぅ…。/////////」

 腕をほどかれたは、上着を引きはがしてしまうため。若木のような肢体の輪郭があらわになっての、荒らされた姿のみならず。総身が言うことを聞かぬほどの、呼吸や官能の乱れようは隠しようもなく。もはや逃れることなぞ不可能な有り様と悟るや、今度は視線を合わすまい、顔だけは見せまいとしてみるものの。そんな意地なぞ、手慣れた手指に他愛なくも細い顎を捕まえられてしまい、しどけなくも妖冶な横顔、薄闇の中へとしらじら浮かび上がらせてしまうが落ちで。

  “…勘兵衛様。”

 いつもだったらお優しいのに。つつみ込むよに愛でて下さるのに。このような、力づくでの凌辱まがい。そうまでさせるほどの何か、お怒りを買うような何か、知らずしでかした自分なのだろかと。

 「あ、ぁっ、やぁ…、ん…。/////////」

 性急に嵩ぶらされ、まだまだ細い腰を揺すぶられ、辛いのだか哀しいのだかも判らないまま。なのに熱くなるその身さえ恨めしいと、いつしか切ない涙を浮かべつつ。ただただ嵐が過ぎ去るのを耐えるしかないとの、覚悟をするしかなかった七郎次だったのである。







  ◇◇◇



 ふっと、意識が覚めたそのまま、

 「…。」

 まずは現世の手ごたえをそろりとまさぐる。さらりと清潔で柔らかな寝具の感触。気だるい総身、肌を包む寝巻きの暖かさとそれから…供に寝入った誰かさんの気配。それと気づいたと同時、眠る寸前の状況をも思い出し。その刹那は胸が躍り上がりそうになったものの、
「…。」
 いつもなら向かい合って寝入っているものが、今宵はその姿が視野の中にはいない。意識のあった最後にそうだったそのまま、背中を抱いて下さっての後ろで眠っておいでであるらしく。
「…。」
 息をひそめて窺えば、規則正しい寝息が聞こえるので、どうやら眠っておいでではあるらしい。それをば確認し、やっとのことで安堵の吐息を深々とついて、さて。

 “…あれは、何だったんだろう。”

 他愛ないことははっきりくっきりと指示をし、間違っておればさっくりと叱る人。されど、自分で気づかねば意味のないことは、婉曲な態度を取られたり、自分で選びなさいと傍観の構えをなさりもし。だとすれば、こたびのこの乱暴な睦みの裏書き、何も語って下さらなかった以上、自分で断じなさいということなのか。
「…。」
 生意気なと怒ってしまわれたか、それとも…もしかして、

  ―― 妬いて、下さった…とか?

 まさかとは思うが、もしかして。こうまでの情をかけて下さっているのに、そんな自分を差し置いてと、腹が立っての衝動から…? だが、もしもそうだとすれば、

 “………勝手なお人だよな。”

 まずはそうと思ってしまった七郎次だったのは、最初の取っ掛かりで味わった戸惑いが、どうあっても消えてはくれぬから。例えて言うならボタンのかけ違えのような、意識の微妙なすれ違いのようなもの。七郎次を案じて下さってのものだったとはいえ、情をかけて下さったのは策の中での一環だったからというような、そんな扱いを受けたらしいというコトの順番が、ずっとずっと尾を引き続けているからだけれど。

 「…。////////」

 まったくもうもうと、好き勝手ばかりなさってもうと。首をすくめて文句を垂れつつも…何でだか、頬は熱いし、押さえ込んだ胸の奥が落ち着かない。それはきっと、もしもそうだったなら 少しだけ嬉しいからだ。何へ向けてでもあんまり感慨をお寄せにはならぬ、声を上げて笑うことも滅多になさらぬ御主。すっかり落ち着いての納まり返っているというよりも、何かを諦めてしまわれている感があり。そんな御方の冷めた御心、自分なんかへ向けて僅かにでも揺さぶられて下さっただなんて。ああまでするほどの関心を、寄せて下さっただなんてと思うと、腹立たしさより嬉しいが勝
(まさ)ってしまう自分が…ちょっぴり不思議。

 “俺も相当 他愛ないな…。///////”

 世間じゃあそれを“不憫”とか呼ぶのではなかろうかなんて、自虐なことをまで思いつつ。ふと見上げればカーテンを引き忘れた窓の外、天空には月の影。どんなお顔で眠っておられるやら。後ろのお人のお顔をちょいと、覗いてみたくもあったのだけれど。頼もしい腕は…眠っているにも関わらずなかなか解けなかったので。明日の楽しみに取っておこうと切り替えて。


  今は ゆっくり、おやすみなさい………。






  〜Fine〜  08.6.26.


 *何だかイケズなだけの勘兵衛様になっちゃいましたな。
  翌朝 目覚めたら、ベッドにはシチさんしか居なくって。
  そそくさと先に起き出した勘兵衛様、
  どこへ逃げたか、半日ほど顔を合わせないで過ごされたりして。
  そして…今度こそ若女房からのお怒りを買う訳ですね、島田様。
  ウチのおさま、シチさん相手には負け戦がデフォみたい?
(笑)

  シチさんばっかりが想ってるだけじゃあないって話にしたかったのですが、
  男の悋気は怖いって話にしかならなんだような気が…。
  カンキュウの方でも嫉妬するおさまはただ怖いばかりで、
  ちゃんと説明してやれ〜というオチにしかならんので、
  こういうお話は他の方にお任せして、
  私は極力書かない方がいいのかも知れませんね。
(う〜ん)

 *弁解と言いますか、付け足しと言いますか →

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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